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七郎次や平八、久蔵らと同じ女学園に通う二年生、バレー部主将の一ノ瀬さん。
ポジションというか 担当はオフェンスで、
高校女子バレーでは結構有名なポイントゲッターでもあるそうで。
これまで経て来た選手権級の大会の多くで得点王を獲得しており、
実業団チームからのオファーも多数、代表チーム入りの声もなくはない。
性格は気さくでおおらかで、下級生たちの面倒見もよく、
背の高さとずば抜けた運動能力から、
憧れのお姉様だと敬愛するシンパシィも多数。
中等部からの持ち上がり組で、
「三木さんとは三年生のとき同じクラスだったよね。」
「??」
おいおい。(苦笑)
そういや この人、
部室の雰囲気が何か違うとか言い立ててたとも聞いたけど、と。
今になってひなげしさんが思い出したけれど、
自分とは違って、オカルトを鬼門にしてそうでもなく。
短めの髪やすっきりと出した首条も爽やかで、
初夏の陽差しがよく似合う、
いかにもスポーツ大好き少女という、
そりゃあ闊達そうな印象しかしないのだが。
「うん…あのね、
このスカーフは私のじゃなくて、
元は同じバレー部の後輩のなんだな。」
含羞みつつも えへへと口元をほころばせ、
お鼻の頭を指先ですりすりと揩すって見せる辺りは、
困っているけれど嬉しい自慢でもあるとの気配がし。
ああ、これには覚えがたんとあるな、と
こちらの面々もそれぞれのお顔をこそりと見返していたりする。
だって、いかにも“さあ今からお惚気を言いますよ”とするような、
彼女らには お互いへと重々覚えがあり過ぎる気配だったから。
「双葉って子でセッター志望で、
すばしっこいけどそりゃあ小さくてね。
あと手先が器用で、刺繍やお裁縫がそりゃあ上手なんだ。」
まるで、自慢の妹や従姉妹でも紹介するような口ぶりで、
そうと説明してから、
「なんて言うのか、あのその。」
ちょいと言葉を濁すと、今度は鼻の下を指の背でこすってから、
「部に入って来た時から、何か気になる子だなぁって思ってて。
他の子はほとんどが3年みっちりやってた顔触れの中で、
あんな大人しくて大丈夫かなとか、
確か中等部の部活では見なかったよなとか。」
もしかして論より行動派なんだろか。
説明が苦手で困っているのか、
それとも…あんまり公言はしたくないことだけど、
自分のじゃあないスカーフを、
なのに間違いなく見分けておいでのそのワケを、
黙っているのは嘘つきも同然と思ってしまうよな。
本当に正直で真っ直ぐなお人だということか。
“恐らくは後者でしょうね。”
それもまた、育ちのいい“お嬢様”らしいことよと、
七郎次がついつい微笑ましいなと苦笑があふれそうになるの、
胸のうちだけでと軽くこらえておれば、
「スカーフを結び直そうとしてたのかな、
それが風に攫われて。」
ほら、中庭の縁のほう、ニセアカシアが何本か植わってて、
今だと緑の葉の間のあちこちに白い花が咲いてて見ごたえのある辺り。
「結構高いところへ引っ掛かって、どうしようかと困っててね。」
ああ、さっきも話していたことだ。
最近は結ばないままスカーフ通しに通すだけとか、
前以て結んだ形にセットされているとかいう着方が多い中、
こちらの女学園のセーラー服は、
落ち着いて結ばねば お団子になったり縦結びになっての歪んだりと、
創立時からの伝統を守っての、何の補助もないタイプ。
なので、こればかりは
持ち上がり組ほど慣れがなくてのなかなかものに出来なくて。
一学期はあちこちで結び直しをする姿が見られるのが、いっそ微笑ましいのだが。
「私はこの通り、背が高いからね。
とはいえ、少しは登らなきゃ届かない高さだったんで、」
『取っといてあげるから、教室へ戻りなさい。』
予鈴も鳴ってて、取るのを待ってちゃ間に合うとは思えない。
私は自習だからってそのまま練習に出るところだったし、
着替えてからならこんなの難無くだと言って、
『ほら。』
代わりに間に合わせなって自分のを差し出して、早く行きなと背中を押した。
「いやもう、その時の、
困ったように、でも恥ずかしそうにしていたお顔が可愛くてvv」
両手で頬を押さえての、
どうしてくれようかと言いたげな喜色の発露。
美味しいものとか可愛いものとか、
思い起こしての“ああ幸せ…”という心持ちの再確認に他ならず。
つまりはお惚気みたいなもんであり。
“うあ、心当たり あり過ぎです、そのお顔。”
例えば、一つ屋根の下に同居している和菓子の名匠が
美味しいご飯の支度だけにとどまらず、
そりゃあ美味しい豆大福を作ってくれるんですよぉと惚気たり。
例えば、覚えてなんかいるはずないもんと諦めてたお誕生日に、
お忙しい警部補殿が夕涼みに出て来ぬかと呼び出して、
耳打ちのついでに可愛いピアスをくれたのぉと惚気たり。
例えば、貧血や日射病で倒れるたびに、
バカめと叱りながらも他の御用を全部すっぽかして傍にいてくれるのだと、
主治医のせんせえのこと、無口な彼女なりに惚気たり。
人を好きになるってのは、
例えばそういうことだというの、
そこはさすがに知っている。
何でもないことが“特別”になるとか、
一緒にいると嬉しいとか。
喜んでくれるなら骨折りも苦にならないとか、
こっち向いてない横顔も好きだなぁとか。
目が合うと“何でもないない”と慌ててかぶりを振ったりもしちゃうのに、
こっち向かないかななんて思ってじっと見つめ続けたり。
後ろ姿でも難無く見分けがついたり……
“……………あ。”
自分のを渡したから、彼女のほうも間に合ってるだろ、
それでいいんじゃないかと、取り替えたままにしていたらしいスカーフ。
実はあのね、ちょっぴりだけれど、
あの可愛らしい子のかと思うと手放すのが惜しくなったから、それで。
「こんなの気持ち悪いって思われかねないかなぁって思ってもいたの。
そしたらその矢先、
誰のものだかよく判らない、新品のにすり替えられててね。」
まさか、取り替えっこはイヤだってことで、
双葉がこそりと差し替えたのかな。
でも彼女の使ってるのを見るに、
こう言っちゃあ悪いけど、一年のにしては少し使い込んでる感のする、
つまりは私が渡したのをそのまま使ってるみたいだし。
「誰の仕業か判らないままで。
でもね、ちょっと大雑把な私なんかが気がついたのは、
特別なスカーフだったからで。」
彼女にしてみれば“戻って来た”ことになる、
特別な…取り替えっこしたスカーフをしみじみと手の中に見下ろして、
ふうと くっきりした吐息を一つ。
特別だって思ってたのにね。
でも、そうだってことまでは言ってなかった。
そんなスカーフがどうしてだろか別物になっちゃって。
「失くなったこともショックだったけど、
それよりも…大切にしてなくての、
失くしたんだって 双葉に思われたくなくってサ。」
そうだよね、品がよくてとお気に入りになってたんじゃない。
好きなお人の持ち物だったから“特別”なんだもの、
判るよ判ると、来訪者3人がうんうんと頷いておれば。
そこで七郎次のほうをちらっと見やり、
「草野さんにも聞こえてたんじゃない?
部室に何かいるような、感じが変なようなって、
私が筆頭になって
何だかワケの判らないこと、言い出してるって話。」
「あ…。」
制服のネトオク流出という異状事態と、
時期から当事者から重なっているのはたまたまの偶然かしらねと
平八が先んじて思い出していたことだったが。
「あれって、
誰か勝手に入り込んでないかって
盗難の下見とかしている人がいるようだって話が
広まってくれないかなっていう“フリ”だったの。」
何でだか、私も気づいてたとか、
何か気配がするとかいう声が続いてしまって、
部の外にまで話が広がってるようだけど、と。
頭をほりほり掻くあたり、
“なに この人、可愛すぎない?”
どうやって収拾つけるのかな、
何かゴロさんに似てるぞ、そういう性格…と。
黙って聞いてた平八が ひとごとながらつい心配になったほどに無計画だが、
つまりは意図的な騒ぎだったワケでもあって。
“そっちは解決という運びになりそうですね。”
こんな格好の“ヒョウタンから駒”も有りなのかなぁ。
だとすれば、そんな希少なタイミングを目の当たりにしたなんてねぇと。
こちらは七郎次が、妙な感慨にふけっておれば、
「でもサ、逆効果だったかな。
双葉の様子が少しおかしいの。
顔色が悪いってのか、表情が浮かないっていうか。
オカルトは苦手だったかもしれないね。」
とほほんと萎れてしまったバレー部の女傑。
ああそうかと、何とはなく気がついた。
こんな込み入った、しかも繊細でナイーブなお話を、
それほど親しくもない自分たちへと披露してくれた彼女だったのは。
案じていたスカーフを持って来てくれたからというのとそれから、
誰かに話したくって、でも、周囲の人にはおいそれとは言えなくてと。
経緯の悪化にしょんぼりしていたところへ現れた、
頼りになりそな相談相手、
若しくは…
“後腐れの少ない聞き役に
打ってつけだと思われたからじゃあなかろうか。”
こらこら。
自分でそこまで言いますか、白百合様。(苦笑)
「ねえ、三木さん。こういうのって流行ってるのかなぁ。」
「???」
さぁてと小首を傾げた久蔵だったのは、
素直に“覚えがない”という意味からの態度だろう。
ただ、
「同意の上での取り替えなら聞くが。」
何もウチの女学園だけの話じゃなかろと、
そこは七郎次にも平八にも想像が及ぶ。
タイや校章、仲のいいお友達同士で取り替えっこして、
相手を慈しむように大切にするなんてのは判らんでもない習慣で。
“卒業式に学ランの第2ボタンを貰うようなもんでしょかね。”
ましてや、こちらの彼女の場合、
恋というのじゃないけれど、
さりとて…単なるチームメイトというのでもないような
明らかに他の子と同じじゃあないと区別する、
甘い感情を有していたのだと。
くだんのスカーフを別物とすり替えられたことで
はっきり意識してしまったようなもの。
“人を好きになるのって、いろいろと大変だよねぇ。”
自分たちだって、もしかしたら“ええ〜、何でそんな人を?”と
この“好き”を世間の皆様からは妙だと指摘されちゃうのかも知れない。
(既に、お仲間たちから揶揄も飛んでることですし。)笑
でもね、こればっかはしょうがないの。
親の仇敵を、だのに焦がれるほど好きになることだってある。
顔を見れば互いに罵倒したくなる相性なのに、
離れると寂しくてしょうがないし、
他者が愚弄するのは絶対に許せぬという、ひねくれまくった恋もあろう。
世の中には色んな好きがあるもんだというの、
ほのぼのと触れさせてもらった……のはいいとして。
「 あ、そうだった。」
彼女らにも思わぬ事実が飛び出したものだから、
あれれぇと翻弄されかかったものの。
そういう事情あっての、
スカーフだけ別物ってのも納得がいったものの。
ここまでだと、話はまだ半分くらいしか解決しちゃあいない。
「……。」
「久蔵殿?」
実はスカーフだけじゃなくてと、
セーラー服もと取り出そうと仕掛かった七郎次だったのへ。
その手をぐっと掴み止め、え?と見やって来た青玻璃の双眸を、
こちらは深紅の双眸が見つめ返しての“ううん”と揺すぶったのが、
他でもない久蔵殿で。
「どうしたの?」
そうと聞きつつ、
それはそれは大切なものという扱いでスカーフを丁寧に畳み、
しわなぞないのに表を撫で続ける一ノ瀬さんへも。
「何でもない。」
ゆるゆるとかぶりを振って見せると、
ずんと小さい子がぐずりかかっているかのごとく、
さあ帰りましょうよと、
無言のまま、所作だけで表明してのこと、
七郎次の手をねえねえとしきりに引く始末。
「あ、えっと。
それじゃあ、またお話聞きに来るかもしれないけれど。」
本当は、そのスカーフも証拠品だからまだ渡せないというの、
久蔵の急かしように押されて言いそびれた七郎次。
実はね、フリマで見たっていうのはアタシじゃなくて、
盗品と一緒だったんだけど心当たりないかって、
知り合いの刑事さんから聞かれたの…と。
それもまた、ぎこちない文言だが、
本当のことはまだ言えないのだから仕方がない。
レベルが微妙な言い訳、言う間もないままに
早く早くと急かされての、それじゃあという辞去のご挨拶に至っており。
「三木さんて面白い人なんだね。」
もっと怖いというか、大人びて冷めてる人かと思ってた、なんて、
そこは誤解を解いてもらったのへ、
「〜〜〜。///////」
あややと微かに赤くなっての反応を見せた紅ばらさんを筆頭に、
来たのも唐突なら、
帰りもじゃあねと慌ただしく去ることとなった彼女らであり。
「どうしましたか、久蔵殿。」
失礼はなかったと思うが、
それにしたって、唐突でしかも強引な態度を見せた彼女であり。
「一ノ瀬さんが
三木さんて強引な我儘屋さんだと
新たな誤解を深めていたらどうしますか。」
「シチさん、それじゃあお母さんだってば。」
第一、不審を質すにしてもそこじゃあないでしょと、
平八が苦笑でもっていなしてから、
「久蔵殿、
何か感じ入ったか気がついたことがあったのですか?」
「……。(頷)」
こくりと頷き、ニセアカシアの梢からこぼれる木洩れ陽の下、
二人へ振り向くと。こうとはっきり付け足したのだった。
「双葉を知ってる。」
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*あああ、当初の思惑からどんどん話がずれて来たよぉ。
大元は“幽霊の正体見たり…”ぽい話だったはずなのにぃ。(とほほん)

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